壱色ノ匣:ヒトイロノハコ

モノガタリ綴り

[Y/2]

「―――あー、・・・・・・ちがうか、『くるしい』じゃねーわ。『かなしい』?」
「ん? なんか云った?」
「違うな。・・・・・・なんだろう・・・・・・『くやしい』・・・・・・か、―――って、なによ寿里(じゅり)くん」
「なんかぶつぶつ云ってるから」
「え? なにが?」
「は? 自覚無かったの? やばいじゃん。大丈夫?」
「なに云ってんのよ、大丈夫に決まってんでしょーが。それよか寿里くん、さっきから倉見が呼んでるけど」
「え! あ、ホントだ!」
 バタバタと慌ただしく寿里くんが撮影場所に走って行く。その向こうにはあいつが居て、珍しくぼーっと、空を見上げてた。その横顔に視線が縫い付けられる。
 ほんっと、腹を立てるのも無駄だなって思うくらいに整った顔してんだよな。端正。って、ああいう顔のこというんだなきっと。背も高いし、手脚も長い。しかもすっげぇ良いパランスなんだよな。黄金比率でつくったトルソーみたいな。
「――――――声に出てたか、・・・・・・」
 はー、と息を吐いて俺も空を見上げる。
「・・・・・・いーい天気だなぁー」
 背後に感じる視線がある。俺を通り越してあいつを見ているに違いない。きっと、かなしい眼をしているんだろう。俺にはわかる。わかるんだ。
 
 なあ、その手を掴んだのを後悔なんてしちゃあいないんだけどさ、
 もう片方の空いている手は、誰れのためにあるんだろうな。

【ああ、やっぱり、】2


 
 しあわせだった。
 だからこわかった。

 永遠じゃないから。
 永遠なんて無いから。

 変わらないものなんてない。
 終わらないものなんてない。

 だからぼくは、
 このしあわせの終わりを見たくなかった知りたくなかった。
 なのにぼくは、
 このしあわせの、永遠を願った永遠を信じたかった。

 きみのあなたのまっすぐなことばに、
 あなたのきみのまっすぐなこころに、

 縋りたかった。

 だけどぼくは、
 ぼくは、ね、

 ぼくは、 
 ・・・・・・疲れちゃったんだよ、
 ぼくは、
 ぼくは、――――――こわいんだよ。いまでも、
 ねぇ、いまでも怖くてたまらない。だから、――――――――――――

【ああ、やっぱり、】1

 

 そうだあなたはぼくのひかりなんだ。
 だから惹かれたのに。
 だから欲しかったのに。
 なのにどうして、
 どうして手放してしまったんだろう。
              知らないままで居られたらよかったのに。
 暗闇の中できっとぼくは、
 声にならない慟哭を、
 届かない焦燥を、
  吐き続けるんだ。真っ赤な花を、真っ白な花を。
 もがきながら悔やみながらいつまで、
 いつまで生きていかなきゃいけないんだろう。

【ねえ誰れか、】6


 
 けれど僕には云えない。
 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 
 だけどだから誰れかお願い。

 神様がいるのならお願い。

 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。
 あのひとを、連れ戻してよ。

【永遠】を、僕たちの永遠を、
 もう一度繋いで欲しいんだ。

【ねえ誰れか、】5


 
 本当に、【彼】の中には、
 なにも無いんだろうか。
 あの日々を、
 無かったことにしているんだろうか。

 本当に?
 ねぇ、本当に?

「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」
 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。
 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。
 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。

  ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして?
 なんで忘れちゃったの?
 そりゃあ、あんなことがあって。それは僕だって計登さんだってショックだったけど。
 でも、
 でもさ、

「おれぇ・・・・・・たいせつなもの。なんにもなかったはずなのに、」

  嘘つき! って。
 思わず叫びそうになったのを堪えた。
  ふざけんな! アンタにはあるんだよ! あるじゃん! 楽しかったじゃん。あの日々が、アンタに! 時雨さん、アンタにとって、何の意味も無かった物だなんて認めない。
 あのひとを、あのひとのこと、大切だからこそ、―――だから、忘れるしかなかったんじゃないか。

 

 

[Y/1]

 


「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」
 いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。
 別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。
 彩夜(さよ)のはなしだ。
 あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。


 


 
 
        あいつをみてると、くるしくなるんだよな。

 

【ねえ誰れか、】4


 
 ほんとうは、

 計登さんが一番堪えているんじゃないかって、

 そう、
   思ってる。

 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。
 ・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。