あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。
それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。
実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。
あなたが思っているよりもずっと、
冥い感情を知っているんだ。
あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。
それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。
実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。
あなたが思っているよりもずっと、
冥い感情を知っているんだ。
【 】は、
はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。
白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。
甘い芳香が周囲を包む。
とくり、―――どくり、
躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。
どくり、―――とくり、
躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。
溶ける。―――溶ける。
躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。
望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。
漆黒の虚無を見つめる。
静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。
花はこんなにも美しく、咲いているのに。
――――――【 】が、ぼくに尋ねた。
ぼくは口を開く。花がほら、溢れて零れて、窒息しそうだ。
惹かれてやまない。もどかしい慕情、情欲。
罪悪感すらあまりにも甘い。この躰を蝕む支配する。
それでも欲しいと願ってしまった。その罪さえも呑みこんでしまおう。
それであのひとが傍に居てくれるのなら、他のすべてを捨ててもいい。
――――――【 】が、ぼくに尋ねた。
ぼくは口を開く。花を吐きながら、希う。
これであのひとが傍に居てくれるのなら、他になにもいらない。
――――――【 】が、・・・・・・嗤った。
―――――――――してください。
鈍色の言葉が霧散する。
――――――――――――■■してください。
墨染の桜が煙る。
果てない夢の終焉をください。
ずっと、
ずっと、 世界の終わりを、待っている。
おねがい。
―――――――――――――――■■してください。
ずっと、
おもっていたから。
おねがい。
――――――――――――■■してください。
ほかになにもいらないから、
もう、
もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、
蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から花が零れる。溢れ出る花にこの身が埋もれていく。
現実なのか夢なのか、それすらも曖昧な陽炎のようなナニカが揺らぐ。
――――――――――――■■してください。
それは願いで。
これは望みで、
あなたを縛る、――――――呪い。
ああ、ぼくが存在するこの世界はこんなにも醜悪で哀しい。
どうか愛してください。それはなんという身勝手で穢れた願い。
しあわせな夢をみて、
眼を覚まし、露見した願望に反吐が出る。
ああ、あなたがそこに居るその世界はこんなにも美しくも儚い。
ねぇ、
もういっそずたずたに切り裂いて跡形も無く千切って砕いて。
そうしてどうか、どうか、―――どうか あなた が。
殺してください。この想いを、
壊して下さい。このこころを、
「花が咲くんだ」
そう云うとあなたは困った様に笑ってそれから頭を撫でてくれた。
それだけで、
うれしくてしあわせで、
くるしくてかなしくて、
ああ、
ほらまた、―――またひとつ、花が咲く。
ねぇ? 花が咲くんだよ。花が、・・・・・・。
「花が咲いて咲いてたましいを切り裂くんだよ」
俺はいつかつくろう。
女を守るための花園を。
彼女が、辿りつけなかった現世(うつしよ)の楽園。
それは贖罪なのかすらわからないけれど、
「それでも俺は、」
救われたいなんて思わない。
救えるだなんて思わないさ。
ただ俺は、
こんどこそ、きっと。
守り抜いてみせる。
~fin~
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。
暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。
光は届かない。そうか、もう―――もう、
悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。
じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。
既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。
・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。
妙に冷静に、そう理解をし、
そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。
あのね、お兄さん。
天使はね、
ニンゲンを救ったりしないんだよ。
カミサマだって、
あの月の向こう側からさ、
ただ、下界を眺めているだけなんだ。
ひともそうだ。
ひとは他者を救えない。
だって自分ですら救えないでしょう?
「ひとをすくえるものなんて、なんにもない」
あどけない、無垢な表情で酷く冷ややかにそう云う少年は、
だけど俺には何故か、とても慈悲深くみえた。