「お兄さん?」
その声で我に返った。少年が心配そうに俺を見ていた。
どうしてか、俺は吸い寄せられる様に、少年にふらりと近づいた。
少年は、警戒するでもなく、ただ俺を見ている。
鴉が「かぁ」と一声だけ鳴いた。
一瞬空気が密度を増した気がした。何故だろう、胸がざわざわとさざめく。
少年は俺を見上げている。
・・・・・・純な表情。あどけない顔だ。
綺麗なものしか、知らない。無垢な貌。
眼の色が、・・・・・・灰色なんだな。やっぱり純粋な日本人じゃないのか?
「・・・・・・・・・・・・ねぇ、お兄さん。あっちに『街』があるでしょう? 工場の跡地。あそこにはひとがたくさん住んでいるんだって。あのね、あの街に居るひとたちは皆、『家族』なんだって、」
少年がそう云って向こう側の、見えない街を指す。
「あの街に逃げ込めば、守って貰えるんだって。あそこには、『守護神』が居るんだって、」
「・・・・・・・・・・・・、」
「血の繋がりが無い、『家族』。その絆は、何処にあるのかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
「あそこに行けば、ぼくも『家族』にしてもらえるのかな」
独り言のように、ぽつぽつと語る。その言葉の意味を、俺は咀嚼する。
家族。
血の繋がりなんて枷にしかならない。
血の繋がり、その絆をいっそ断ち切ることが出来たら。
・・・・・・そうすれば彼女は、
彼女は自由に、
思いに沈みそうになり、俺は頭を軽く振った。
今更だ。
「・・・・・・・・・・・・、」
俺は顔を上げ夕焼けの空を眼に映す。
かなり陽が傾いてきた。
黄昏と夜闇の、このあわいの境界が少年の、性別を一層曖昧にして、
そう、いっそその決して派手ではない貌立ちが、この現実味を薄れさせているのか。
・・・・・・天使、か。
太陽が、空を染めて、空を燃やして、
ここから見えないあの街も、いま赤く染まっているのだろうか。