壱色ノ匣:ヒトイロノハコ

モノガタリ綴り

手のひらに月のゆめを、


あなたがいるこのせかいは、
 あなたをしあわせにしていますか?
「オマエはむずかしいこと、かんがえすぎや」
 おれの問いにあなたはいつもそう云って笑う。
 ああ、なんて綺麗な。
「しあわせにきまっとるやん」
 ふわりと、
 ああなんて綺麗な、美しい笑顔。
 なんでこのひとはこんなに綺麗なんやろ。
「アイツが居って、仕事もあって、すきなことができて、欲しいもんも買えて」
 こどもみたいに、指を折りながらそう云って、
「可愛い後輩も、居って」
 一旦言葉を切り、にっと口許を緩める。「オマエが、居るから」
 なぁ?
 そう云って首を反らして。俺を見上げる。
「だからおれはな、」
 しあわあせなんよ。
 無邪気な笑顔を向けられて、俺はなんでか、眼を逸らしてしまった。
 カーテンを開けっぱなしの窓から、
 まぁるい、月が覗いていた。
 俺らが居るこの世界は、
 特殊で厳しくて汚くて偽りと嘘ばかりでたまに逃げ出したくなるけど。
 このひとが、
 あまりにもこの世界には異質なこのひとが、
 しあわせだとそう云うのなら、
「兄さん。月が綺麗です」

「・・・・・・・・・・・・ああ、ほんまやなぁ」
 あなたがそうやって笑っていられるのなら、

 このせかいも悪くはない。
 あなたが笑う。このせかいに居られて。しあわせだと、俺も思う。