壱色ノ匣:ヒトイロノハコ

モノガタリ綴り

【ねえ誰れか、】5


 
 本当に、【彼】の中には、
 なにも無いんだろうか。
 あの日々を、
 無かったことにしているんだろうか。

 本当に?
 ねぇ、本当に?

「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」
 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。
 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。
 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。

  ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして?
 なんで忘れちゃったの?
 そりゃあ、あんなことがあって。それは僕だって計登さんだってショックだったけど。
 でも、
 でもさ、

「おれぇ・・・・・・たいせつなもの。なんにもなかったはずなのに、」

  嘘つき! って。
 思わず叫びそうになったのを堪えた。
  ふざけんな! アンタにはあるんだよ! あるじゃん! 楽しかったじゃん。あの日々が、アンタに! 時雨さん、アンタにとって、何の意味も無かった物だなんて認めない。
 あのひとを、あのひとのこと、大切だからこそ、―――だから、忘れるしかなかったんじゃないか。