壱色ノ匣:ヒトイロノハコ

モノガタリ綴り

【ねえ誰れか、】2

 なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。
 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。

「今後のことを決めないといけない」

 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。4人いる《eternal》のうち、ここにいるのはふたり。僕と計登さんのふたりだ。・・・・・・時雨さんと十蒼(とおあ)さんは、いない。

「今後のことを決めないといけない」

『あのこと』があって、一ヶ月が経った。幸い、と云って良いんだろうな。いま僕らは、『あのこと』には関係無しの、少し長めの休暇中だから、―――だから、『あのこと』自体はまだ知られてはいない。事務所の社員にすら知られてはいない。
 デビューして、あることでブレイクしてからのここ数年めちゃくちゃに忙しかった。漸く、世間に忘れられたりはしないであろうくらいに名前と顔とが周知された僕ら《eternal》。ここらで少し休養しておこうか。そんな感じの、気軽なお休みだった筈なのに。

「今後のことを決めないといけない」

 呼び出された事務所の会議室で。社長にそう云われた。その言葉の意味。
 理解ができなかった。
 ・・・・・・違う、
 その意味なんてすぐに分かった。
 だけど、認めたくなかったんだ。
 だって僕たちは、【永遠】だった筈でしょう?
 なのに、

『無期限活動休止』―――『活動休止』そんなことを僕たちが? 《eternal》が? 『無期限』の? あり得ない。信じたくない。だって、―――だって、・・・・・・ああ、でも、そうか、そうだよね。その、あり得ないことがいま、おきているんだ。

 

【ねえ誰れか、】1

 

「あのねぇ、ずっと、」
 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。
「ずっと、探している気がするんだ」
 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。
  独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。
「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」
 漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見ているだけなのか。定まらない視線。曖昧に笑みを浮かべたような口許。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんないんだ、」
 だから僕はわかってしまった。おかしいな。時雨さんの考えていることなんて僕にわかるわけがないのに。時雨さんは自分の本心を他者にさらけ出すことなんて無いはずなのに。
 出会ったときから僕はこの人のことがわからずにいる。やわらかくてふわふわとした、そう、あの浮雲みたいな人だと思っていた。
 なのにいまこの人は、戸惑いを隠せずに、迷子みたいに、途方に暮れている。
 だから僕はわかってしまったんだ。
 ああ、そうなんだ。きっとこのひとは未だ、―――まだ、夢から覚めずにいる。

 

【欠けてるんだ、】4

 

 
   ああ、そうか、おれは、

 

                       約束をしたんだ、―――約束を、だから、

 

   だからそうか、たいせつな■■を手放したから、だから、
 
   だからおれはまた、
                                                             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      空っぽだ。

【欠けてるんだ、】3

 

 夢なのか現実だったのか、
 それすらも曖昧で、
 しあわせという言葉の意味が、
 何故かひどくかなしく響く。

 どうしてだろう、
 なにかを忘れてきた気がするんだ。
 でもなんなのか、
 それがなんなのか、
 わからないんだ。

 何処かにあるんだろうか、
 まだ何処かにあるんだろうか、
 けれど何処へ行けばいいのか、

 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。

 

 あのきんいろのひかりと、あの空の色。


 どうしてこんなにも、
 くるしくなるんだろう。

 

【欠けてるんだ、】2


 雑踏の中、―――そう、見知らぬひとたちが行き交う、その中に居る。ゆめ。そう、これはゆめ。ゆめのなかで、おれだけが立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。
 だけどどうして、
 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。
 けれど確かに、
 なにかを探している。そんな気がする。ゆめを、―――夢をみているって知っている。わかっている。けれど。
 それがなんなのかわからない。
 なにを? ―――なにを?
 おれは、・・・・・・ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、

     なにを? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを? 


                              〈fragment〉

 
 時折過る、音の欠片。
 きんいろのひかりのなか、佇む華奢な背中。
  胸が、くるしくなる。でも、

 
                              〈fragment〉

 
 再生される旋律。
 それをうたう、その声の主は、不意に振り向き、
  泣きそうな顔をして笑った。
 心臓が痛くなる。手を伸ばしたいのに動けない。
 きんいろのひかり。あまりにもその姿が綺麗すぎて儚すぎて。動けないんだだ。
 だけどこれが、
 誰れの記憶なのか、あれは誰れなのか、

                      わからない。


                              〈fragment〉

 
 震える背中、
 ほろほろと落ちる雫。
 さよなら。って、その声だけがやけに鮮明で、さよなら。って、その言葉がばらばらに砕けて散った。さよなら。の破片は、胸の奥に刺さったままだ。

 

【欠けてるんだ、】1

 

 ゆめをみてた。
 焦燥感が残っている。
 起き上がって両手をじっと見た。
 なんだろう、
 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、
 届かなかった。あれは、

 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、