壱色ノ匣:ヒトイロノハコ

モノガタリ綴り

〈暗転〉

 

 

  胸の奥で花が揺らめく。
 ―――【  】が尋ねる。心底不思議そうにぼくに問う。
  胸の奥で花が震える。
 ああ、こんなにもぼくの躰には花がみっしりと根を張っているのに。
 ああ、こんなにもぼくの心は果てしなく空虚なんだ。
 花たちはほろほろと花弁を散らす。それは涙のようにはらりはらりと足許に零れる。
  ―――【  】が尋ねる。心底不思議そうにぼくを眺める。
  もう、いいんだ。もう、終わらせたんだ。なのに、
 ――――――――――――なのに、―――――――――――――――どうして?


                                〈暗転〉

 

【疲れたなあ】3

 

 くるしい、
 くるしい、
 くるしい、
 くるしい、
        ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、
 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。
 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。
   美しかったあのセカイは色を失った。
  ぼくはどうやって、
         ことばを紡げばいいんだろう。

 

【疲れたなあ】2

 

 諦めるとか、
 忘れるとか、
 どうやったらできるんだっけ。

  あの日から毎日を、日常を繰り返してきたくせに、
 昨日までと明日からの、
 区切り方がわからないんだ。
 
 予定を分刻みで詰め込んで、
 楽しいと思い込んで笑って燥いで、
 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、
 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。
 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、
 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。
 ふとした瞬間に、
 気配を感じて。
 空白の刹那に、
 過るなにかを、
 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、
 探している。自覚のないまま。

 未練。
 きっとそうなんだろうでも、

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・手を離せば楽になれるんだと、確かにあのときはそう思ったんだ。

 

 

【疲れたなあ】1

 

 頷いた、その顔を見ることができなかった。

 ぼくは、
 俯いたまま、背を向けたまま、
 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。

 ドアが閉じる。それは、
   終わりの音。

 あれからぼくはずっと、
 世界から遮断されているような気持ちでいる。

 ずっと、


 ずぅっと、ぼくは、
 ぼくは見えない膜に包まれていて、
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。

 

 


 

【××× 5】


  あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。

    それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。


 実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。

                           あなたが思っているよりもずっと、
                          冥い感情を知っているんだ。

 

【××× 4】

 

  【  】は、
 はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。
 白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。
 甘い芳香が周囲を包む。
 とくり、―――どくり、
 躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。
 どくり、―――とくり、
 躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。
 溶ける。―――溶ける。
 躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。
 望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。
 漆黒の虚無を見つめる。
 静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。
 花はこんなにも美しく、咲いているのに。
  ――――――【  】が、ぼくに尋ねた。
 ぼくは口を開く。花がほら、溢れて零れて、窒息しそうだ。
 惹かれてやまない。もどかしい慕情、情欲。
 罪悪感すらあまりにも甘い。この躰を蝕む支配する。
 それでも欲しいと願ってしまった。その罪さえも呑みこんでしまおう。

   それであのひとが傍に居てくれるのなら、他のすべてを捨ててもいい。

 ――――――【  】が、ぼくに尋ねた。
  ぼくは口を開く。花を吐きながら、希う。
 
   これであのひとが傍に居てくれるのなら、他になにもいらない。

 ――――――【  】が、・・・・・・嗤った。

 

【××× 3】

 

 ―――――――――してください。
 鈍色の言葉が霧散する。
 ――――――――――――■■してください。
 墨染の桜が煙る。
 果てない夢の終焉をください。

 ずっと、
             ずっと、       世界の終わりを、待っている。

 おねがい。
 ―――――――――――――――■■してください。
 ずっと、
 おもっていたから。
 おねがい。
 ――――――――――――■■してください。
 ほかになにもいらないから、
 もう、
 もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、
 
 蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から花が零れる。溢れ出る花にこの身が埋もれていく。
 現実なのか夢なのか、それすらも曖昧な陽炎のようなナニカが揺らぐ。
 ――――――――――――■■してください。
 それは願いで。
 これは望みで、
 あなたを縛る、――――――呪い。