あれはいつのことだったか。彼女が云っていた。それを不意に思い出した。
夕陽の残光に、その淡い金色の髪が煌めいている。
なんだか酷く非現実的な情景だった。だから思い出した。彼女がいつか云っていた、あの言葉を。
金色の光に縁取られた輪郭。まるでその姿そのものが発光しているかにも見えた。
『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』
不躾な俺の視線を感じたのか、少年が顔を上げ俺を見た。
肌が白い。但しそれはあくまでも日本人の肌の色。
貌立ちは寧ろ地味だ。
プラチナに近いブロンドの髪。脱色しているにしては妙に馴染んでいる。とすれば、地毛なのか?
お坊ちゃん学校の、制服。それを規則通りに乱れなく身に着けている。
まるで学校案内のパンフレットの如く。
だから一層、その髪色に眼がいってしまう。
不自然ではないけれど。不自然ではないからこそ。―――違和感。
そんなことを思っていると、ふと気づいた。
少年が不思議そうに俺を見ている。
「こんな時間にこんな処にひとりで居たら危ない」
・・・・・・ああ、違うな。『俺』が、コイツを見ているんだ。そう気づいて。・・・・・・それを取り繕う様にそんなことを云ってしまった。
少年はきょとんとしている。まるで危機感のない、あどけない表情。
「先週、」そう云いかけて。やめた。あれは只の噂だ。
先週ここで、人が死んでいたらしい。
確かにこの辺りの治安はあまり良くは無い。いや、はっきり云って悪い。
けれどそれなりの秩序があって、人死にが出るなんてことは、聞かない。少なくとも、俺は聞いたことが無い。
人が死んでいたらしい。
喉を切り裂かれていたらしい。
瞼を縫い合わされていたらしい。
まるで、飽きられたおもちゃのごとく、惨く、無造作に、捨てられていた。らしい。
噂だ。
表だって報道はされていない。だからこれは『噂』だ。
きっとこの少年が住まう、上品で穏やかで微温湯の様なお綺麗な場所には流れていかない、その世界には無縁の噂だ。
「この辺りは、お前みたいなお坊ちゃんが居ていい場所じゃない」
代わりにそう云うと、少年は、得心がいったように少し笑った。
「お兄さんは、ここに居てもいいひとなんですか?」
その見目から考えていたよりは低い、大人びた声が問い返してきた。
俺は少し躊躇って、「そうだ」と答えた。
少年は、また少し笑みを深くして、「そうなんだぁ、」と、俺から眼を離し、正面に眼を向けた。
俺もつられて少年の視線の先を追う。
木々に遮られ、見えない向こう側にあるのは、『総てを棄てた者』の窟。【nameless】。
あの街・・・・・・そうだ、今やあそこは『街』なんだな。かつての九龍城の様な不可侵のスラム街。
あそこに・・・・・・居てくれたら良かった。だけど、・・・・・・、